2010年10月19日

【池田大作贈賞訴訟】控訴理由書

本日書き上げ、大阪高等裁判所に提出しました。

平成22年(行コ)第137号 損害賠償請求控訴事件
(原審事件番号:大阪地方裁判所平成21年(行ウ)第153号)
控訴人 北岡隆浩
被控訴人 高槻市長


控訴理由書

控訴人 北岡隆浩


第1 原判決の誤り

原判決には以下のとおり虚偽・事実誤認の違法があり取消しを免れない。

1 「第4 当裁判所の判断」中,2⑴について

⑴ 誰がどう見ても感謝状ではない

原判決別紙の「国際文化交流貢献賞」の賞状(以下「本件賞状」という。)は,誰が,どう見ても,感謝状ではない。これを見て,「感謝状だ。」などと言う人は,世間には一人もいないはずである。

ところが,原判決は,「前記前提となる事実記載のとおり,高槻市は,本件条例16条を根拠に,感謝状として本件条例を贈呈したものであるところ・・・高槻市は,感謝状としての様式及び記載内容に係る裁量権の範囲を逸脱し又は濫用した違法なものであるということもできない。」とし(原判決15頁19行目乃至17頁16行目),本件賞状が「感謝状」であるとの前提で,判決を下している。しかし,その前提そのものが誤っているのであるから,原判決は,取り消しを免れえない。

真実は,高槻市表彰条例(甲2。以下「本件条例」という。)に規定も基準もないのに,被控訴人が,勝手に,「国際文化交流貢献賞」なる賞を創設して,本件賞状を作成し,贈呈に及んだものなのであるから,これは本件条例に反し,違法といわざるをえない。

アンデルセンの代表作に「裸の王様」という童話がある。新しい服が大好きな王様のところへ,ある日2人の詐欺師がやってきて,「愚か者には見えない服だ」と言い,ありもしない「服」を,王様に,まんまと売り付けた。王様の取り巻きの大臣や役人たちは,「とても美しい服です」と誉めそやす。王様がその「服」を着て,街をパレードしたところ,小さな子に「王様,裸だよ!」と,真実を叫ばれる・・・

原判決別紙の「国際文化交流貢献賞」の賞状が,「感謝状」であると主張するのは,詐欺師か,「裸の王様」の取り巻きの大臣や役人のような人としか,いいようがない。

裁判所が,そのような者らの片棒を担ぐような判決を下してはならない。

真実は真実として,「それでも地球は回っている」と言う勇気を,責任ある者がもたなければ,社会の秩序は狂ってしまう。


⑵ 虚偽で本件条例制定時の趣旨説明を歪める原判決

原判決は「本件条例制定時の市長公室長の趣旨説明及び議員の質問に対する答弁内容(甲3,4)を踏まえると,本件条例は,市政の進展に功労があったもの若しくは貢献したもの又は市民に模範となるものを表彰するに当たり,副賞や特典を伴う表彰の種類を規定し,その要件等について客観的に明確化して,表彰の贈呈に係る運用の客観性,公平性を高める趣旨を有しているということができる。そうすると,本件条例は,副賞や特典等を伴う表彰を上記7つの種類に限るものということができる。」としたうえで,「これに対し,本件条例16条は・・・副賞や特典等を伴わない表彰について『感謝状』として包括的に規定し,対象者についても明確に規定していない。このような規定内容に照らせば,本件条例は,副賞や特典等を伴わず,表彰状の作成以外に高槻市の負担となることのない表彰の贈呈については,市長の合理的な裁量にゆだねていると解するのが相当である」とする(原判決16頁1乃至14行目)。

すなわち,原審は,条例制定時の市の説明を根拠として,副賞や特典を伴うものが7つの表彰であり,副賞や特典を伴わないものが感謝状であると定義しているのである。そして,その基準を本件に当てはめ,本件賞状の贈呈を,「感謝状」の贈呈と認めた(原判決16頁下から3乃至2行目)。

しかし,原判決で上記のとおり引用されている甲第3号証及び甲第4号証には,原判決が説示するような,副賞や特典による区別ついては,一切記されていない。

すなわち,原審は,虚偽を根拠として,本件賞状を「感謝状」と認定し,控訴人を敗訴へと追い込んだのである。

また,副賞については,原判決3頁の2(3)に記載のとおり,本件条例12条1項により,市長が適当と認めるときは省略できるとされ,特典についても,同13条において「行うことができる。」とされているだけであるから(任意でなく義務であれば,同12条4項の語尾と同様に「行うものとする。」とされているはずである),本件賞状に副賞や特典が伴わないからといって,本件賞状が感謝状であると判断することはできない。

副賞や特典は,あくまでも副次的なものであり,これを感謝状であるか否かの判断基準とした原審の判断は誤りであるし,その誤りは,上記のとおり,意図的なものである。

⑶ 本件条例制定の趣旨からすれば感謝状を「○○賞」にはできない

前項のとおり,原審は,意図的に,本件条例制定の趣旨説明にはなかったものを,さも存在しているかのようにして,誤った定義や歪んだ解釈をしたのであるが,そもそもの本件条例制定の趣旨は,以下のとおりであり,決して原判決の示すとおりではない。

すなわち,甲3のとおり,当時の市長公室長は,平成4年12月8日の高槻市議会本会議において,旧・高槻市表彰条例が,昭和41年制定以来,26年を経過し,「その後の社会経済情勢や人々の意識の変化に対応いたしまして,表彰基準,表彰内容,あるいは規定,形式等について改善すべき点があり,今回検討の結果,基本的な改正点といたしましては,時代の変遷に応じた表彰の新設を行うほか,根拠規定につきましても,市民,特別職,行政委員等を対象とした表彰は条例をもって,一般職の職員を対象とした表彰は規則で規定をいたそうとするものでございます。また,表彰基準につきましても,一定整理を行うことといたした次第でございます。形式的には,現行条例を廃止いたしまして新たな表彰条例を制定して,これらの点を含めて規定をし直した」としている。

つまり,26年の実施経験を踏まえ,社会情勢も勘案し,7つの表彰に関する表彰基準を規定したのである。

上記趣旨からすれば,「国際文化交流貢献賞」なる賞を新設するならば,無論,その表彰基準が規定されなければならないはずである。

また,感謝状については,甲4のとおり,「・・・感謝状等におきまして,乱発しないようにといいますか,感謝状を表彰する場合についての客観性,公平性はどのように担保しておるのかということでございますけれども,現行,感謝状につきましては,条例上,明記をしておらなかったわけでございます。条例上の位置づけはしておらなかったわけですが,今回ご案内のとおり,16条の中で明記をしておるわけでございます。したがって,感謝状についても,もちろんこの条文の趣旨規定にもございますように,要するに市民の模範となるような行為,そういった対象者に対して行うものでございますので,これについても表彰同様,運用に当たっては,客観的で,かつ公平な運用をしなければならんであろうと考えておるところでございます。」としている。

つまり,それまで条例上明記していなかった感謝状について,客観性・公平性を担保する上でも,条例上に位置付けて明記し,その趣旨・規定に従って運用するとしているのである。

以上からすれば,26年間もの実施経験を踏まえ,かつ議会でも審議したうえで,条例で,表彰は7種類と定めた以上,高槻市においては,表彰は7つ(名誉市民賞,特別名誉市民賞,有功者賞,顕功賞,功労賞,特別功労賞,篤行賞)で足りるといえる。また,これら7つしか本件条例に規定されていないということは,高槻市は,それ以外の賞を贈呈することはできないのであるから,本件条例の規定には存在しない「国際文化交流貢献賞」なる賞を,たとえ市長であっても,勝手に贈呈すれば,条例違反になることは明らかである。そして,「感謝状」を条例上に位置付けて明記したのであるから,「感謝状」を,「感謝状」以外の「○○賞」といった表題にすることは許されないというべきであるし,もしそうした運用をすれば,上記趣旨説明とは矛盾し,客観性・公平性に欠けるものになることは明らかである。

原判決は,「表彰の対象には様々なものがあって必ずしも『感謝状』という名称が適当でない場合もあり得ることを考えれば,本件条例が,16条所定の感謝状に,『感謝状』と限定して表題を付することを規定していると解することはできず・・・」とするが(原判決16頁17乃至22行目),上記のとおり,条例上「感謝状」と規定されている以上,それ以外の表題を付ければ,もはやそれは感謝状といえないのであるから,条例違反である。また,「表彰の対象には様々なものがあって必ずしも『感謝状』という名称が適当でない場合もあり得る」とするが,本件賞状についても,「感謝状」という表題を付けていれば,それで事足りたはずである。本件賞状に,「感謝状」以外の表題を付けるべき特別な事情も見いだせないし,「感謝状」という表題を付けることで,何らかの支障が生じた可能性もまったく考えられない。したがって,本件賞状は,明らかに,本件条例16条に規定の「感謝状」とはいえない。

原判決は,「証拠(甲15)及び弁論の全趣旨によれば,高槻市においては,過去・・・感謝状として贈呈した感謝状には『感謝状』以外の表題を付したことはないこと,・・・感謝状は,いずれも表題を『感謝状』とし,本文末尾には『感謝の意を表します』との記載がされていたことが認められ,これに照らせば,本件賞状の記載内容は,他の感謝状とは相当に異なるものであったということができる。」と,本件賞状を「感謝状」として見れば,その表題も本文も,極めて異質であることを認めているが(原判決17頁1乃至8行目),このようなものが,社会通念上,「感謝状」と認められないのは,⑴のとおりで,誰の目から見ても明らかである。誰の目から見ても「感謝状」と認識できない代物を,地方公共団体たる高槻市が,公的に「感謝状」と認めることは,社会通念上著しく不合理であるといわざるをえない。

本件賞状は,団体の代表者(小林啓泰代表理事)ではなく,何故か「創立者」の「池田大作様」(以下「池田」という。)宛に贈られた。他の感謝状の敬称がすべて「殿」であったのに(甲15),池田だけが「様」付けである。また,他の感謝状の文面は,事実を端的に表したシンプルなものであるのに(甲15),本件賞状においては,高槻市政とはまったく関係のない池田個人の「世界的な御貢献」等の礼讃がされている。

例えば,学校で教師が,他の生徒に対しては,敬称を「君」や「さん」とする一般的な文面の表彰状を与える一方,ある生徒一人に対してだけ,「様」付けをし,学校生活とは関係のない活動を礼讃する文面を記し,前例のない特別すごい戒名のような表題を付けて,これを賞状として与えたとしたら,生徒や保護者から苦情・クレームが寄せられて大問題になるはずである。学級という想定ですらそのような問題が起き得ることは明らかであるし,そういうことをしてはいけないということは,子供にでも分かる話である。

公的機関たる市が,たった一人にだけ,条例には存在しない特別な賞や,あるいは特別な「感謝状」モドキを贈るようなやり方は,不平等であり,差別的であり,えこひいきであり,特別扱いであり,格差を生むものであり,憲法14条1項にも抵触するおそれのある行為であり,社会通念上著しく不合理というほかはない。


原判決は「・・・上記のとおり,この記載をすることが直ちに本件条例の趣旨に反するものではないというべきであるから,本件賞状の贈呈が,本件条例にない賞を創設したものということはできないし,感謝状としての様式及び記載内容に係る裁量権の範囲を逸脱し又は濫用した違法なものであるということもできない。」と結論付けるが,以上のとおり,本件賞状は「感謝状」とはいえず,被控訴人が勝手に本件条例に存在しない賞を創設したものというほかはないのであるから,本件賞の贈呈が,本件条例の趣旨に反し,違法であることは明らかである。

仮に,原判決が判示するとおり,「単なる『感謝状』とするのではなく『国際文化交流貢献賞』」とすることが,社会通念上著しく不合理ではなく,条例の趣旨に反しないというのであれば(原判決17頁10乃至14行目),市は,表彰状のすべてを「感謝状」として,これを贈呈する都度に,任意に賞の表題を定めることができることになるが,そんなことになれば,本件条例で7つの賞の表彰を定めた趣旨が没却されてしまう。本件条例が,賞と感謝状とを分けているのは,その重みを明確に区分するためであり,上記のように賞も感謝状もごちゃ混ぜにする行為は,その区分を踏みにじるものであるから,本件条例の趣旨に反し,違法であることは明らかである。

⑷ 「推薦漏れのないよう」と通知されていたのに何故か漏れた本件賞状

被控訴人は,平成20年11月3日(文化の日)に,例年の「平成20年度文化の日記念式典」と併せて「市制施行65周年・中核市移行5周年記念式典」を開催するにあたり,本件条例等に基づく表彰や感謝状等の贈呈を行うとして,平成20年7月に,各所属長宛に候補者の推薦を依頼した。その推薦依頼文には「広く市民が対象となりますので,推薦漏れのないよう慎重な取り扱いをお願いする」との一文が添えられている(甲16)。

本件賞状が贈呈されたのは,平成21年3月26日であり,平成20年度中であるが,「国際文化交流貢献賞」という特別な表題が付けられ,「世界的な御貢献」等まで謳われおり,何か立派そうな功績がありそうなものであるにもかかわらず,何故か,上記推薦からは漏れ,同記念式典では,表彰も贈呈もされていない。

すなわち,被控訴人は,池田の功績については,推薦するほどの価値を見出していなかったということができる。

また,平成21年6月29日の高槻市議会本会議における市民参画部長の答弁のとおり,財団法人高槻市文化振興事業団(高槻市の外郭団体であり,甲5の3頁のとおり,池田への感謝状贈呈の推薦を,被控訴人に対して行った。)が後援する公演における財団法人民主音楽協会(以下「民音」という。)のそれの割合は低く,それは,「このような内容でございますけれども,単なる割合や率の問題ではなく・・・」と同部長が卑下し弁解する程度であった(甲17)。

つまり,被控訴人においては,民音及び池田の功績について,あまり価値を見出していなかったというのが本音であった。

2 「第4 当裁判所の判断」中,2⑵について

⑴ 池田は市民の文化向上に寄与していない

原判決は,「池田は,その民音の創立者として市民文化の向上に寄与してきたこと,以上の各事実が認められる。」とする(原判決18頁1乃至2行目)。しかし,池田が民音の設立を提言したことは認められるが(甲12),それ以外に池田自身の活動を示すものはなく,池田が市民文化の向上に寄与したとする原審の上記事実認定は誤りというほかはない。

したがって,本件賞状を「感謝状」であると見ても,「感謝状」の要件を充足していない。

⑵ 団体役員ではない池田に感謝状を贈ることはできない

原判決は,民音が,高槻市において35年間に50回を超える公演を行ったこと等から,民音及びその創立者としての池田は,本件条例16条「市政の進展に功労があったもの又は貢献したもので市長が特に必要と認めるもの」に該当するとしている。

市では本件条例16条に関し,「高槻市感謝状贈呈内規」(甲5・6頁)を定めているのであるが,上記の民音の活動に該当するのは,同内規1条2項の「永年にわたり市政発展に尽くされた功績が顕著であるもの」といえる。

しかし,同項は,贈呈対象者を,1号で「各種団体の役員」,2号で「奉仕活動に携わるもの」(現場で実際に身をもって奉仕活動を行う者と考えられる)とするだけであり,民音の設立を提言しただけの池田は,このいずれにも該当しないから,池田に対して贈呈することはできなかった。

被控訴人は,池田が,同内規1条4項「その他,市長が必要と認めたもの」に該当するというのであるが(甲5・2頁),同条2項が存在する以上,4項に該当するというのは客観性・公平性に欠けるといわざるをえないし,4項に該当する特別な事情も想起しえない。また,他の感謝状を,団体やその代表に贈呈しているのと同様に(甲15),本件賞状を,民音やその代表である小林代表理事(甲1)に贈呈しても,何らの支障も生じなかったのであるから,同内規及び先例に基づけば,団体自体か同代表理事を宛先とすべきであった。したがって,やはり,池田に対し贈呈することはできなかったというべきである。

⑶ 結語

以上より,仮に本件賞状を感謝状として捉えても,池田については感謝状贈呈の要件を充足していないから,被控訴人の裁量権の逸脱・濫用は明らかで,違法といえる。

3 「第4 当裁判所の判断」中,2⑶について

原判決は「本件賞状の文面からすれば,本件賞状は,池田が創立した民音の高槻市における活動を理由とし・・・」とするが,同文面は,「貴殿は世界の平和と人類の幸福の実現を目指し,平和,文化,教育の推進に情熱を傾けられ,世界的なご貢献を重ねてこられました。」という書き出しで始まるのであり,これはあからさまに,池田の宗教活動に関するものであって(甲13,17のとおり,平和,文化,教育は,創価学会の旗印である),民音に関するものではない。

真実は,池田に対する創価学会信徒等の求心力を高めるために,民音の活動にかこつけて,池田の偉大さを礼讃した賞を無理やりに贈ったものなのであり,つまり,宗教活動に利用させるために,本件賞状を作成し,贈呈したのである(甲1,14)。上記本件条例違反は,このために行われたのであり,そうでなければ合理的な説明がつかない。

すなわち,本件賞状の作成及び贈呈は,宗教に対する援助,助長,促進に当たり,憲法20条3項及び89条に違反することは明らかである。

したがって,原判決は失当である。

4 「第4 当裁判所の判断」中,2⑷について

原判決は,本件筆耕依頼契約の締結行為が財務会計法規に違反しないとするが,以上のとおり,本件賞状の贈呈決定は,本件条例違反であり,また憲法違反であるから,同契約の締結行為は違法である。

5 「第4 当裁判所の判断」中,3について

原判決は,本件時間外手当の支給決定は適法だとするが,本件条例等に反して本件賞状の贈呈がされ,これを原因行為として同支給決定がされたのであるから,同支給決定は,本件賞状贈呈の違法性を継承して違法となることは明らかである。


第2 控訴の趣旨について

原判決「第4 当裁判所の判断」1項(原判決15頁)のとおり,●●●●に対する賠償命令の請求が不適法であることを,原告は認め,この部分の請求を取り下げ,控訴の趣旨を,原告控訴状第2記載のとおりとした。


第3 偽物の「賞」を贈り,市の表彰に対する信用を失墜させた責任は重い

原審は,たかが一地方自治体が贈呈した,単なる賞状と侮っているのかもしれない。しかし,憲法7条7号において,栄典の授与が天皇の国事行為とされているように,公の機関による表彰は,重要なものであり,また,これを受けることは名誉なことであり,被表彰者への評価や信用度が増すものとして,社会的に認識されている(甲18,19)。

したがって,表彰に当たっては,公平性を期さなければならない義務が,実施機関には存ずる。これを,不公平な運用をすれば,実施機関も,被表彰者も,賞そのものも,大きく信用を失墜することは明らかである。

本件条例1条は,「この条例は,市政の進展に功労があったもの若しくは貢献したもの又は市民の模範となるものを表彰し,もって市政の振興に寄与することを目的とする。」とする。

公平な評価に基づき表彰されれば,市民もやる気を出し,「市政の振興に寄与する」ことになるが,不公平な表彰がされれば,やる気が低下し,むしろ逆効果になる。何よりも,市の表彰そのものの価値や,それに対する信用度が下がり(「高槻市から表彰されても価値がない。」「コネでもらったんじゃないのか。」等),上記目的が達せられにくくなる。これでは本件条例の趣旨が損なわれてしまう。

したがって,被控訴人が,「国際文化交流貢献賞」などという偽物の「賞」を贈り,市の表彰に対する信用を失墜させた責任は,非常に重い。



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posted by 北岡隆浩 at 17:36| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 高槻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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