2011年08月10日

【被災地支援】気仙沼市・大島で出会った少年・田中君のメッセージをお聞き下さい!

青年塾のサマーボランティアキャンプで訪れた宮城県気仙沼市・大島で、田中君という少年に出会いました。その様子を動画にまとめましたので、ぜひご覧ください。



田中君は、礼儀正しく、聡明で、皆々非常に感心しておりました。


大島への支援をお考えの方は、「気仙沼大島災対本部のオフィシャルブログ」をご覧ください。

特に、夏休み中の大学生の皆さん、ぜひご検討をよろしくお願いいたします。


また、動画に出てくる小松さんの記事が、毎日新聞のサイトにありました。

【毎日新聞】eye:東日本大震災4カ月 前を見つめて

 気仙沼市街を対岸に望む岸壁に、1隻の養殖漁船が打ち上げられている。小松俊一さん(64)が命がけで守ろうとした「第18亀栄丸」。宮城県気仙沼市の大島で最大の養殖漁船だった。

 大島は昨年2月のチリ大地震津波で甚大な被害を受けた。「また頑張ればいい」。カキやホタテなどを養殖する俊一さんは妻美根子さん(62)、長男で3代目の俊浩さん(36)と再起を目指していた。大型の亀栄丸は島中の復旧作業で大活躍した。

 今年3月11日。俊一さんは島北端の亀山地区の自宅前にあった亀栄丸を津波から守ろうと沖に向かい、行方不明になった。「きっと、島のためにも守ろうと考え必死だったんです」。俊浩さんはおもんぱかる。

 一家は船と家、養殖施設、自動車を失った。養殖再開のめどが立たず、仮設住宅で暮らす。

(中略)

◇観光と養殖の島、復旧は遠く

 気仙沼大島は宮城県気仙沼港から船で約20分の沖に浮かぶ周囲24キロの離島。陸中海岸国立公園の南端に位置する。鳴き砂の十八鳴浜(くぐなりはま)など観光名所も多く、「緑の真珠」とも呼ばれる。人口は3104人(6月現在)。ホタテやカキ、ワカメなどの養殖と観光が基幹産業。

 東日本大震災の死者・行方不明者は31人。気仙沼湾の重油火災が島に燃え移り、4日間燃え続けた。炎は最も高い亀山(標高235メートル)山頂まで達したが、住宅への延焼は島民たちで食い止めた。養殖施設はすべて流され、現在も復旧のめどは立っていない。

 島は震災後に一時孤立したが、島民有志で結成した「大島復興チーム おばか隊」が水や食料などを漁船で運搬し、避難所に配った。同隊は全国各地から集まったボランティアとがれき撤去などを続けている。ボランティアの問い合わせは気仙沼大島災害対策本部事務局(080・3303・4162)。


いつになるか分かりませんが、今回訪れた、陸前高田市、気仙沼市、大島には、必ずもう一度行って、復興復旧の様子を見たいと思っています。


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posted by 北岡隆浩 at 22:55| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 高槻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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