2025年06月27日

【棒振り神事訴訟控訴審】判決言渡しは9月5日

今日は、大阪高等裁判所で、14時30分から、棒振り神事訴訟の控訴審の第1回口頭弁論がありました。地裁で敗訴したため、高裁へ控訴したものです。

今回で結審となり、判決言渡しは9月5日13時10分から大阪高裁84号法廷とされました。

以下は本日陳述した控訴理由書の一部です。

控訴状及び控訴理由書
(略)
第3 控訴の理由

1 事案の概要

 本件は、原判決1頁に記載のとおり、高槻市の住民である控訴人が、高槻市長の濱田剛史(以下「濱田」という。)が公務として同市内の神社を訪れて「棒振り神事」(以下「本件神事」という。)に参加したことは政教分離原則に違反する行為であり、高槻市はその訪問に伴う職員の手当等相当額の損害を受けたため、高槻市の執行機関である被控訴人を相手に、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、被控訴人が濱田に対して不法行為に基づく損害賠償4838円及びこれに対する令和6年7月11日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年3%の割合による遅延損害金の請求をすることを求める住民訴訟の事案である。

2 争点1(濱田が公務として棒振り神事に参加したことは政教分離原則に違反するか否か)について

 原審は、「・・・棒振り神事は、神服神社の宗教儀式として執り行われたものではなく、地域おこしという世俗的な目的で行われたもの」(原判決9頁4及び5行目)等とし、濱田が公務として棒振り神事に参加したことは政教分離原則に違反しないと認定した。
 しかし、以下のとおり、本件神事が宗教儀式であり、濱田が公務として本件神事に参加したことは政教分離原則に違反することは、明らかである。

⑴ 本件神事は、宗教法人が開催した宗教行事の一環として宗教目的で宗教施設内において行われた宗教儀式であること

 本件神事が行われた神服神社は、宗教法人の神服神社の施設である(甲2・9頁13行目)。
 神服神社は、毎年5月5日に、重要な宗教行事として「例大祭」を行っている(甲1−2・中央右の写真)。
 本件神事は、令和5年5月5日に、この「例大祭」の中の一つのプログラムとして行われた(甲3・下部の【イベント情報】)。すなわち、本件神事は、宗教行事たる「例大祭」の一部なのである。
 この「例大祭」の主催者は、宗教法人神服神社である(甲9)。つまり、本件神事を含む宗教行事である「例大祭」を開催したのは宗教法人である。
 本件神事については、神服神社からの依頼で奉納されたものである(甲9)。「奉納」とは神に対して捧げる行為である。したがって、本件神事は、宗教目的で行われたものである。
 本件神事は、神服神社の境内で行われた(原判決6頁18行目)。つまり、本件神事は、宗教施設内で行われたのである。
 「神事」とは、「神に関する儀式」である(甲7)。よって、本件神事については、宗教儀式というほかはない。
 原審が認定しているとおり、本件神事は、「もともとは約100年前まで神服神社において行われていた伝統の神事である」(原判決8頁24及び25行目)。本件神事は、これを復活させたものなのであるから、歴史的に見ても、伝統的な宗教儀式というほかはない。
 以上のとおり、本件神事は、宗教法人が開催した宗教行事の一環として宗教目的で宗教施設内において行われた伝統的な宗教儀式である。

⑵ 本件神事は、表向きは意味不明な動機で復活されたものではあるが、やはり宗教儀式であること

 原審は、「認定事実のとおり、棒振り神事は、もともとは約100年前まで神服神社において行われていた伝統の神事であるが、神服神社が宗教的活動の一環として主催し復活させたものではなく、地元の歴史研究家が、芥川城跡が国史跡に指定されたことをきっかけに、残された古文書から当時の詳細を紐解き、高校和太鼓部の協力を得て、地域おこしのために復活させたものである。すなわち、濱田が公務として参加した棒振り神事は、神服神社の宗教儀式として執り行われたものではなく、地域おこしという世俗的な目的で行われたものである。」とする。
 原審は、上記のとおり、「芥川城跡が国史跡に指定されたことをきっかけに」というのであるが、芥川城と、神服神社や本件神事と間には、何の関係性もない。
 芥川城は、室町幕府の管領・細川高国によって造られ、戦国武将・荒木村重によって破却された。つまり、戦国時代の一時期(1515〜1575年頃)にしか存在しなかったのである。また、この時期に、神服神社や棒振り神事とかかわった記録もない。両者はまったく無関係なのである。
 よって、「芥川城跡が国史跡に指定された」からといって、芥川城とは、まったく無関係な本件神事を、まったく無関係な神服神社で復活させようと考えるのは、極めて不自然であり、意味不明である。
(略)
 「芥川城跡が国史跡に指定された」から、何らかの行事をしようというのであれば、芥川城跡や市の施設において、芥川城にちなんだイベント等を行うのが自然である。それを、よりにもよって、宗教施設で宗教儀式を行い、市長も参加するというのは、政教分離原則からして不見識である。
 したがって、原審の上記判断は失当である。
 仮に、本件神事の復活の理由が合理的なものであったとしても、前項のとおり、宗教儀式として行われたのであり、世俗的なものとはいえない。

⑶ 神社と無関係な者に、市長が招待されて、市長が神事を見学するなどありえないこと

 原審は、「また、濱田は、歴史研究家の招待に応じて棒振り神事に参加したものであって、宗教団体や宗教家の招待に応じて参加したものではないし、その見学前には、見物人に対し、地域おこしの取組への感謝を述べる挨拶をしていることなどからすると、濱田が高槻市長として棒振り神事に参加した目的は、地域おこしのため棒振り神事を復活させた住民の招待に応じることで、高槻市長としての社会的儀礼を尽くすとともに、住民主導の地域おこしの一層の活性化を図ることにあったと考えられ、その目的に宗教的な意義があったとはいえない。」等とする(原判決9頁11ないし18行目)。
 しかし、本件神事の10日前に、高槻市は、神服神社の例大祭において本件神事が行われる予定であることをPRしているから(甲3・本文第1段落等)、市長である濱田は、本件神事が宗教儀式であることを十分に認識しえた。
 原審は、「・・・住民の招待に応じて棒振り神事に参加したものであって、宗教団体や宗教家の招待に応じて参加したものではない・・・」というのであるが、神服神社に無関係な者の招待に応じて、市長である濱田が、例大祭の神事に参加するというのは、あまりにも不自然である。
 市は、広報誌(甲5)やホームページ(甲6)でも、神服神社で本件神事が行われたことを、本件神事の写真と共に掲載している。これらが、神服神社に対して一切連絡もせずに行われたとは考えられない。
 原審の認定のとおりだとすれば、行政である市や、市長である濱田は、例大祭及び本件神事の主催者である宗教法人神服神社とは一切連絡をとらなかったにもかかわらず、公金を用いて、本件神事を事前にPRし、神服神社境内において本件神事を間近で見学しつつカメラで撮影し、市の広報誌やホームページに掲載したことになる。
 しかし、市や濱田が、こうしたことをするとは考えられない。被控訴人は、本件を問題視されたので、宗教行事たる本件神事とのかかわりが薄かったとしたいために、こうした無理のある主張をしたと考えるべきである。
 原審も、本件神事の宗教性を否定したいがために、被控訴人の不自然な主張(原判決4頁12ないし15行目)を鵜呑みにして、不合理な判断をしたと考えられる。
 本件神事が、神服神社からの依頼に基づいて奉納されたことからすれば(甲9)、市や濱田も、住民を通じたものであったとしても、神服神社からの依頼に基づいて、参加やPR等を行ったというべきである。
 よって、原審の判断は失当である。

⑷ 宗教的色彩も乏しくはないこと

 原審は、「・・・棒振り神事は、一般人から見て、宗教的色彩に乏しいものであったというべきである。」ともいう(原判決10頁14及び15行目)。
 しかし、上記のとおり、本件神事は、宗教法人が開催した宗教行事の一環として宗教目的で宗教施設内において行われた宗教儀式であり、しかも、約100年前まで神服神社において行われていた伝統の神事を復活させたものなのであるから、宗教的色彩に乏しいとはいえない。
 これを一般人が見て、宗教的色彩に乏しいと感じる要素も存在しない。
 本件神事を演舞演奏した高校和太鼓部は、「神服神社で行われた“神服神社例大祭”にて・・・今年も神服神社からの依頼を受けて・・・神事を奉納させていただきました。」(甲9)としていて、宗教儀式ではないとか、世俗的なものだとはしておらず、あくまで真摯に「神事を奉納」したとしているし、「神社境内で演舞すると、神々しさが増し、緊張感も出て・・・」と(甲10)と、真剣に取り組んだ結果、神事らしく神々しさが増した旨の投稿をしている。
 また、彼らは、「芥川城跡が国史跡に指定された」から神事を行った旨の記載はしていない。純粋に宗教儀式としての神事に向き合ったのである。
 こうした当事者の取組みや感想からしても、本件神事の宗教的色彩が乏しいとはいえない。
 よって、原審の判断は失当である。
 真剣に神事に取り組んだ者らに対して、宗教的色彩に乏しいとか、世俗的だとかというのは、あまりにも失礼であり、信教の自由を害する態度であると思量する。

⑸ 小括

 以上のとおり、本件神事が宗教儀式であることは明らかである。
 また、濱田は、本件神事が宗教儀式であること認識して、参加したというべきである。
 濱田が公務として本件神事へ参加したことは、憲法上の政教分離原則に違反することは明白である。
 濱田の違憲行為により、高槻市は、原判決2頁19行目ないし20行目に記載の相当額の損害を受けたのであるから、濱田はこれらについて賠償の責を負うべきである。

3 争点2(濱田が本件写真の撮影という私的な目的のために公用車及びその運転手を利用したか否か)について

 原審は、「・・・濱田が棒振り神事に参加した目的は、地域おこしのため棒振り神事を復活させた住民の招待に応じることで、高槻市長としての社会的儀礼を尽くすとともに、住民主導の地域おこしの一層の活性化を図ることにあったものと考えられ、本件写真を撮影することや、本件写真を政治活動に用いることを目的として神服神社を訪れたものとは認められない。」と認定した(原判決12頁2ないし6行目)。
 しかし、前項のとおり、濱田は、住民個人の招待に応じたとはいえないし、「芥川城跡が国史跡に指定された」ことと、本件神事や神服神社とは無関係であるから、高槻市長の公務として、例大祭中の神服神社を訪れ、本件神事を見学する理由は皆無であった。
 原判決5頁11ないし20行目に記載のとおり、濱田は、本件写真をXに投稿する際、選挙運動や政治活動を行う場合に使用する通称である「はまだ剛史」にハッシュタグを付して投稿した。つまり、政治家としての「はまだ剛史」のアピールを行うために本件写真を撮影し、自身の政治活動に用いたのである。濱田は、神服神社において、勤務中の被控訴人の職員に対し、その目的で本件写真の撮影を命じたのであり、公金を濱田個人の私的な目的のために支出させたものといわざるを得ず、明らかに裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものとして違法である。したがって、濱田が私的なXのアカウントに掲載する本件写真の撮影のために公用車及びその運転手を利用したことは違法であり、濱田は、高槻市に対し、公用車の運転手の人件費及びガソリン代について賠償責任を負うべきである。


控訴審でも敗訴するとしても、何が宗教儀式で、何がそうでないのかという基準くらいは示してほしいものです。


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高槻ご意見番 代表 北岡隆浩(高槻市議会議員)
posted by 北岡隆浩 at 23:02| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 高槻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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