2008年01月21日

尾崎豊がセンター試験の現代社会に!

産経新聞に次のような記事がありました。

★若者に反抗のススメ!? 現代社会で尾崎豊やJ・ディーン登場 
2008.1.19 22:09
http://sankei.jp.msn.com/life/education/080119/edc0801192209012-n1.htm

 若者に反抗の勧め!? 19日に行われた大学入試センター試験。公民の現代社会では、平成4年に亡くなり、今も人気があるロック歌手の尾崎豊(享年26)を引き合いに「対抗文化」についての出題があった。地理歴史では集団自決をめぐる高校日本史教科書検定で注目された沖縄戦も出題された。

 尾崎豊を引き合いにした出題は現代社会の第5問であった。「現代の青年は、激しい反抗や意思表示は必ずしも見られない」などの内容の文章を読むもので、ジェームズ・ディーンが主演する米国映画『理由なき反抗』なども引用され、「青年期」に関して適当な記述を選ばせる問題を出題。

 本文では尾崎豊について「彼の歌は、対抗文化の持つ意義について今でも考えさせるところがある」と持ち上げ、対抗文化の意味を出
題。「既存の秩序・体制を批判し、社会変革の原動力になり得るものである」とする選択肢を正解(配点3)とした。

 さらに、本文を「葛藤(かっとう)から逃避することなく自己としっかり向き合ってみることが青年期の意義の一つである」との一文で締めくくり、青年に内
なる葛藤を勧めた
。(後略)


実際どんな問題が出題されていたのか、新聞の問題を見てみましたが、残念ながら、現代社会の10問目以降は省略されていました。

ウィキペディアによれば、対抗文化(カウンターカルチャー)とは、「伝統的・支配的な文化に対抗する文化という意味で、1960年代〜1970年代にかけて、よく使われ、狭義にはヒッピー文化に代表されるものである」とのこと。

「若者に反抗のススメ!?」ってなことですが、今の日本は昔に比べて、若者を支配する大人の力が非常に弱まっているので、反抗し甲斐がないのかもしれませんね。

もっとも、高槻市には、今城塚の工事を強引に推し進めてしまうような強権的な市長と、市バスの幽霊運転手事件など不正まみれの行政が存在しているので、市民の皆さんには、「理由ある反抗」を大いにしていただきたいところです。


・・・しかし、尾崎豊についての問題が、マークシート形式で出題され、大人によって選択肢が用意され、そのうちの一つが「正解」なんて決め付けられるのには、何だか違和感が・・・「答え」は、自分が社会や学校の中であがき続け、もがき苦しんで見つけるもの。それが尾崎豊的ではないんでしょうか?

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2007年04月25日

永遠の胸

今日は尾崎豊の命日です。尾崎豊が亡くなってから、早15年・・・まさに光陰矢の如し、だと感じますね。

今朝はやっと半病人状態から脱したので、数日ぶりに駅頭に立ちました。

私は街頭演説というやつが、本当に嫌で、苦手でした。駅頭でたまに政治家がやっているのを見ましたが、私を含め、通勤客は、ただ通り過ぎるだけ。初めて立候補したときも、「どうせ誰も聞かないだろう」と思い、まったく街頭演説などやりませんでした。

実は、私が初めて街頭演説をしたのは、クイズ$ミリオネアの撮影のとき。テレビの絵的に必要だということで、一発街頭演説をやってくださいとスタッフの方に言われたのですが、初めてなものでコツも何もまったく分かりません。テレビのスタッフがわざわざ作ってくれたタスキ(これを長く使っていました)と白い手袋をして、用意した原稿を棒読みしてやってみたのですが、全然思い通りにはしゃべれませんでした。

けれども、ここ最近やってきた演説は、抽象的な綺麗ごとでも浮ついたことでもなく、これまで一生懸命自分が調べたことなので、「伝えたい」という気持ちも以前より強く、よく噛みますが(笑)、前よりは少しマシになったのではないかと思います。

最近の私の携帯の着メロは、尾崎豊の「永遠の胸」です。この歌のさびの

Oh 伝えたい 僕が覚えた全てを 
限りなく幸せを求めてきた 全てを


という部分を聞いて、演説に向かう自分を奮い立たせていました。

以前、私の原点は尾崎豊だと書きました。それを今後も貫き通せるか。これから特に自分自身との戦いになるのかもしれません。

尾崎豊の命日に、誓いを新たにしたいと思います。

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2006年07月14日

COLD JAIL NIGHT

ブログの更新が滞ってしまい、申し訳ありません。裁判の書類を書くのに集中していました。裁判も段々と終盤に近づいてきたように思います。

尾崎豊の歌に、覚醒剤取締法違反で逮捕されて刑務所に入ったときの経験から作られた「COLD JAIL NIGHT」という、いわば尾崎版「監獄ロック」があります。

その中で尾崎は「裁判という台本を読む『真の正義』が始まる 生き方を今削り取られて比べられている」と歌っているのですが、その歌詞を何度も口ずさみながら、「確かにそのとおりだな」と思いつつ、自分のための「台本」を書き綴っておりました。

契約とか、法律的に見た行為の意味とか、そういうものがメインとして争われ、それを裁判官もジャッジするのでしょうが、そういった硬い表現の文章の中からも、その人間の生き方や考え方、性格や本性というものが、浮かび上がってくるような気がします。

また裁判の「台本」には、こちらの「台本」と相手方の「台本」とがあり、それが随分と食い違う場合、もし人を信じやすい素直な心を持った傍聴者がいたならば、まるで黒澤明監督の映画「羅生門」のように、最後には身悶えるほどの人間不信に陥るかもしれないなとも思いました。

互いの「台本」が真実であることを証するために、証拠を出し合うわけですが、その証拠さえ捏造する人間がいる。そうやって罪を逃れ、あるいは無実の人間を罠にはめようと企み、人間としての一線を越えて実行してしまう・・・裁判を通じてどんどんと人間性に醜さを増していく人もいるような気がします。

尾崎は、「COLD JAIL NIGHT」の中で、刑務所の中から街を想いつつ「都会の夜空は紅く燃えてる 罪を抱いて」と歌っていますが、塀の向こうに落ちるべき罪を抱えながら、裁きを逃れてのうのうと都会を闊歩しているズル賢い奴らがいて、しかもこの社会の重要な部分にかかわっていると思うと、将来への希望に満ちた夢など、とても見れたものではありません。

この裁判の果てに何が待っているか分かりませんが、少なくとも自分の責任は果たすつもりです。

★COLD JAIL NIGHT 作詞作曲:尾崎豊

スモッグに煙る街並みは 渋滞のロードレース
空からはいつものように繋がれた人が踊る
不満とナイフ 押し込められた護送バスの中で誰もが
何かが少しだけ違う生き方強いられる
この暮らしが始まる始まる前に一つだけ聞いておこう
動機と心の病の上に罪名が被さる
(中略)
裁判という台本を読む真の正義が始まる
生き方を今削り取られて比べられている
(中略)
Cold jail night 都会の夜空は紅く燃えてる 罪を抱いて
Cold jail night 吐く息は白く 怯え切った瞳の中 夢を見る★


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2005年11月18日

橋の風景

枚方大橋

今日は参った。退社し帰宅途中、高槻市と枚方市の間に架かる「枚方大橋」の手前ですごい渋滞。車が全然動かない。「子どもを保育園に迎えに行かなければならないのに」とイライラしていると、対向車線をパトカー2台とレッカー車が猛スピードで逆走していった。どうやら事故のよう。

車列はノロノロと進み、やっと橋の上にくると、10台以上のパトカーが橋の真ん中に並び、レッカー車がトラックを積んでいる。その少し先では前部がペシャンコになった軽トラ。トラックと軽トラが相当なスピードで正面衝突したのか。軽トラの運転手はおそらく・・・。この事故のせいで、枚方大橋を起点に、外環状線(国道170号線)は上り線も下り線も大渋滞だった。

1930年に、この淀川を跨ぐ枚方大橋が架かるまで、高槻市と枚方市は渡し舟でしか往来することができなかったらしい。私はこの枚方大橋を、高槻市から枚方市に向かって車で渡るときの風景が好きだ。大きな橋を車で走るとその先には青い空(もちろん晴れの日限定だが)が広がり気持ちがいい。逆に枚方から高槻に向かうと、山並みが壁のように感じて開放感があまりない。

橋を渡るときには、尾崎豊の「Driving All Night」が尾崎信者(笑)の私の頭の中で自然に流れてくる。
(前略)
見飽きた街を通りぬけて 寂しい川の上を走った
追い抜いたトラックの向こうに 闇に埋もれた日常が見える
あの頃理由もなく笑えた 俺の友達は
みんなこの橋を死に物狂いで 走った
(中略)
俺にとって俺だけが すべてというわけじゃないけど
今夜俺誰のために 生きてるわけじゃないだろ
Wow wow 行くあてのない Driving all night
Wow wow 慰めのない Driving all night
(後略)
この歌を口ずさみながらも、退社後子ども達を車で保育園に迎えに行く私は、歌とは逆に「闇に埋もれた日常」に帰っていくために橋を渡る。大破したトラックを追い抜きざまに横目で見ながら、「子どものために、俺はまだ死ねん」と思いつつ。

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2005年07月27日

私の原点は尾崎豊

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高校時代、青年塾で「志の人」として発表したK君から田んぼのあぜ道で尾崎豊のCDを借りて以来、私の心のど真ん中には、尾崎豊が居座り続けている。無論、他の人達の影響も受けてはいるが、物事の考え方・感じ方、生き方の原点は尾崎だ。

尾崎豊は純粋だった。だから、大人や社会とぶつかる。だから、汚い欲望には敏感だった、と思う。

尾崎豊の求めたもの。それは、自由と真実と、そして愛、かなと、今は考えている。そして、そうした真理を得るために勇気を持って一歩を踏み出し、得た真理に従ってまた一歩を踏み出す。

「それは本当に自由か?」「それは真実に基づいているのか?」「それには愛があるか?」というような自問自答を繰り返しながら生きると、この社会ではまったく生き辛い(笑)。汚い奴を許せず、衝突が絶えない。それが尾崎信者のデメリットですね(笑)。

知恵を使ったりして衝突しないに越したことはないけれど、でも、衝突なしには解決できないこともある。傷つくことを恐れていたら、権力者や金持ちや、力の強い奴の言いなりになってしまう。立ち向かう人間が一人でもいないと、この世の中の大切なものは守れない。

尾崎のことを語りだすと長いので、言いたいことはたくさんありますが、次回に。

最後に、私の座右の銘としている尾崎豊の言葉を。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
時には、過ちを犯してしまうことも、きっとあるだろう。
だけど、過ちにさえ、自分のこの身体でぶつかって、
ひとつひとつの物事を、自分で解き明かしていかなければ、
新しい第一歩は踏み出せないような気がするんだ。
そのために傷つくことも多いかもしれない。
そのために命を落としてしまうかもしれない。
ただ、俺は新しい第一歩のためにこの命を賭ける。
それが俺の生き方だ。
笑いたい奴は笑え。
俺を信じる奴はついてこい。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

PS.
K君、笑わないでね(笑)。

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posted by 北岡隆浩 at 17:18| 大阪 晴れ| Comment(1) | TrackBack(0) | 尾崎豊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

尾崎豊の着メロが気に入らん!

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新しい携帯は、動画も撮れるわ、テレビ電話もできるわ、で最高なのだが、着メロにだけは異議を申し立てたい。

私はメールの着信メロディーに尾崎豊の「群衆の中の猫」を使っている。前の携帯では「♪何を求めて人は彷徨うのだろうか」という部分のメロディーで、「俺は何を求めて日々生きているのだろうか?」という思いを強くさせてくれていたのだが、新しい携帯では「♪優しく肩を抱き寄せよう」の部分に変わってるじゃないか!

というか、尾崎の着メロを他にもダウンロードしてみたが、この着メロを作った人間は、おそらく尾崎のことを馬鹿にしている。適当に作っているとしか思えん。主旋律自体が、なんだかヘロヘロなのだ。

かと思えば、アニメソングは妙に気合が入っている。家庭教師先からの電話にはアニメの「一休さん」(教えるのに知恵を使うからね)、ツレからの電話には「キャプテンハーロック」(「友よ〜」ということで)、嫌な人からの電話には「俺はジャイアン様だ!」(設定してる人、ごめんね)が鳴るようにしているが、どれもこれも音楽的に凝りに凝っていやがる。

尾崎よりアニソンに力入れやがって!お前ら尾崎を馬鹿にしてんのか〜〜〜!!!

着メロ関係者の方は、この記事を見たら、尾崎豊にも力を入れてくださいね(笑)。

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posted by 北岡隆浩 at 16:38| 大阪 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 尾崎豊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする